公開日 2025年3月26日
姉に預かった2025年3月23日付の手紙より
日本国民をはじめ世界の皆さんへ
いもん はんじ として、私は今日も次の重大な内容を発表する。
間もなく、 価値スタンス連盟 「大盾」の設立から3年となる。
これは、私の父阿南巌が設立した国際団体であり、現在も代表者は父である。
2022年4月の上旬に越励学院として発表したように、この団体の主たる目的は、世界のナチスに全力で立ち向かうことであり、本団体は、ナチスに抵抗する現代における最大のレジスタンス連盟である。
また、私が2023年の墓開遵行においても語ったように、その会員はロシアをはじめヨーロッパの複数カ国にも配置されている。
そして、父の長女及び二女である私と妹も属している。
現代のナチスは、エルサレムを中心拠点としている。
このため、私はこれまでの多くの発信内容を通して「イスラエルを実行支配するナチス」との表現を定着させ、それらを、歴史に見るイスラエルと区別しなければならないことをも強調してきた。
そして今、3月19日付文書において述べたように、戦は21ヶ月(1年9ヶ月)を切ったのである。
そして、このような事実があるゆえに、私は、第1回YAHYOI講説において、この先約2年にわたり戦は激しさを増すと述べたのである。
また、実に、本年3月7日の私の発表まで、敵陣営はこの具体的な日付を知らなかった。
つまり、今月、敵陣営には大きな誤算が生じた。
これも、私が「育成派が優勢に変わった」と述べた理由の一つである。
我々育成派は、敵の主都陥落へと進んでいる。
そして、敵の主都は、今のエルサレムである。
ここで、先日決定された内容を発表する。
敵の主都陥落のために、この先、私と妹も二手に分かれることが決まった。
妹阿南未里子は、近い将来、某国に移される。
そして、ここ日本には私阿南百合子だけが残ることが決まった。
このため、今、私たち姉妹は最後の準備期間に入っている。
そして、妹は特別な方法で某国に移される。
準備が整えば、それは、本年の5月3日となる。
これは、ペレストロイカである。
当時、この言葉を多く発したゴルバチョフはその後、秘密犯罪結社の会員となり、我を失った。
ペレストロイカは、我々の言葉である。
我々は、ナチスを根絶する。
そして、何度も述べたように、プーチン大統領とKGBの者どもはナチスに他ならない。
ウクライナ側のナチス(旧アゾフ)とロシアをまだ実行支配する共産主義色のナチスは、互いに口裏を合わせた上で、戦争でもない軍事攻撃をつづけ、主にロシアの若い兵士や国民を「戦争名目」で殺害しつづけている。
そして、いわゆるイスラエル政府及び軍とハマスも同様である。
2023年10月11日に暴いたように、あのいわゆる衝突も自作自演であり、口裏を合わせた攻撃がつづいている。
このように、市民虐殺を主たる目的とするナチスがいかに地上から一掃されなければならないかが分かる。
そして、強調すべきは、両偽衝突と虐殺において、アメリカが燃料をくべつづけていることである。
ちょうど、第二次世界大戦中にユダヤ人を虐殺するためのガスをアメリカの企業がナチスに提供しつづけたと同じように。
そして現在も、ナチスの残党が車椅子に乗り衰弱した姿になりつつもペンタゴンに出入りし、裏から指図していること等を考えると、アメリカ政府や軍が実に、ナチスに侵された「癌体」であることを強調しなければならない。
また、秘密結社エプロン組織(フリーメーソン)の最上級会員の一人であったヘンリー・フォードがナチスの勲章を受けた一例からも分かるように、ナチスと秘密結社は、議定書ユダらとともに密に連携しているのである。
ここで、ナチスの残忍さを表す近年の具体例を三つ、挙げる。
第一 複数人射殺事件
1963年にアメリカのケネディ大統領が暗殺された。
そして、それは、ケネディ大統領がフリーメーソン組織の有害性を指摘し、その類の組織力をアメリカ社会から取り除くことを公に表明したわずか約1週間後の事であった。
さらに、私の父阿南巌が暴いたように、ケネディ大統領の殺害を命じたのは、時の副大統領ジョンソンであった。
そして、この者もやはり、エプロン組織の上級会員であった。
一方、暗殺の実行犯として、すぐに24歳のオズワルドが逮捕された。
しかし、本人は逮捕の直後に「はめられた」と語っていた。
そして、事件のわずか数日後、そのオズワルド容疑者が手錠をかけられた姿で移送される際、別の建物まで歩くその最中、つまり、本人の左右をアメリカの警察官がかため、本人が全く抵抗することができないその所に、ある奴が来、本人を前に、本人をその場で射殺したのであった。
これは、警察当局も事前に連絡を受けていた大統領暗殺につづく大犯罪と事件であり、ナチスの残虐極まりない実態を表している。
そして、オズワルド容疑者に妻と2人の幼い子どもがいたこと、及び、大統領暗殺事件発生時に夫人のジャックリーンが車の後方へとよじのぼりはじめるという論外の行動を瞬時にとったことが、彼女自身も事前連絡を受けていたためであるとしか解釈できない重い観点であることをも意識すると、オズワルド容疑者をあのように不正に射殺したあの者に、生きつづける資格が無いことを、私は いもん はんじ として断言する。
第二 地下鉄サリン事件
1995年3月20日、東京都内の地下鉄でサリンがまかれた。
このサリン事件を起こした「オウム真理教」を、以下「オウムカルト」と言う。
このカルト組織は、ヒンズー教のヨガから湧いたものである。
そして、1980年代から殺人事件を複数件起こしていたにもかかわらず、警視庁は動かなかった。
また、オウムカルトが1989年に殺害した坂本弁護士一家について、笑いながら「知り合いだった」と話し、田舎の小国町で静かな晩年を過ごすことができると思い込んでいる教団関係者の在日朝鮮人が今なおいること、さらには、アレフやヨガ教室が社会を毒しつづけていることを見ると、カルト組織を中途半端に罰することがいかにおろかな気休めであるかが分かる。
また、GHQの枝から成る公安調査庁も、東京地方検察庁同様に、オウムカルトの会員名簿と統一カルト(旧統一教会)の会員名簿が重なり、両カルトが同一の会員から成っていることを20年以上前から把握しているが、何もしない。
なんという不正。
なんという共犯性。
そして、こればかりではない。
地下鉄サリン事件では、オウムカルトの者が筑波大学大学院等で実験を重ねて製造したサリンが散布されたことになっている。そして、オウムカルトの一部幹部は2018年にようやく処刑された。
しかし、あのサリンは、実験をくり返して造ったサリンである以前に、あのサリンは、なんと、ナチスが第二次世界大戦時にユダヤ人の拷問や虐待に使い、現在も特定の人々を苦しめるために使っている「有機リン神経ガス」と同一のものである。
そして、調査によると、オウムカルトはまず、ナチスからサリンを受け取った。そして、オウムカルトはアメリカ系ナチスの者どもの指図に従い、国会入りを目ざし、全員が落選したその約5年後に、地下鉄にサリンをまいた。
しかし、GHQの枝組織は都合よく、オウムカルトがあたかも一種の復讐としてサリンを散布したかのように位置づけ、ナチスとの関連性はこの30年間、全く隠されてきた。
また、メディア等が使う「ナチス・ドイツ」という言い方も、国内でのみ目にするものであり、ナチスがあたかもドイツに限ったものであるかのような印象を与えるこの固有名詞も、日本国内のアメリカ系ナチスが定着させた罪証隠滅目的のものである。
地下鉄サリン事件で亡くなった国民、そして、負傷した何千人もの国民、さらには、今なお、後遺症に苦しむ大勢のことを考えるとき、ナチスをはじめ、全てのカルト組織を一日も早く根絶しなければならないことが、重ねて、明白である。
第三 教育者兼牧師殺害未遂事件(2014年1月23日~2月12日)
私の父は、長年、千葉県を中心に教育活動をつづけ、組織づくりをしない牧師として聖書に忠実に活動し、日本国民の幸のために命を投資していた。そして、アメリカ政府による著しい内政干渉を暴くなど、透明で勇敢な民主主義の実現のために最善を尽くしていた。
しかし、2014年1月、ナチスの一人であったバイデン副大統領が、統一カルトのプリンスと呼ばれていた時の安倍総理に命じ、同人は法務大臣に、法務大臣は千葉刑務所長に対し、それぞれ、父を裁判も判決もなく千葉刑務所に投獄するよう命じた。
こればかりか、これらは父を古い独房に収容し、暖をとる権利がないと言い、暖房をはじめ冬の衣類、毛布を体にまくことなど、その全てを禁じ、3週間昼夜、父を氷点下前後の環境にとじ込め、肺炎を患うようにと狙った。
実に、ナチスの姿であり、悪に満ちた実態である。
私は今、2週間以上勾留されているが、時々、父が投獄されていた時の環境を想像している。そして、3週間昼夜、そのような極寒に晒される人は、必ず肺炎を患う。そして、それは死に至る。
しかし、私の父は御神に守られた。
そして、肺炎を患うことなく、父は生還することができた。
誠に、唯一の神による当時のこの御助けも、大きな奇跡である。
このように、ナチスと悪、さらには死に打ち勝つ力がある。
それは、真実と正義、そして、復活の力である。
そして、復活の力を司られる正義の王は、この世で判決を下される。
ゆえに、私の父の命は、アメリカ政府をはじめ複数のカルト組織による暗殺計画とその悪質極まりない実行があったなかで、毎回、保たれ、そして、2022年2月5日、父は越励学院の院長として、わが国日本の独立運動である黎明運動を開始することができた。
そして、ゆえに、「黎明時代2年目(2024年3月~2025年3月)の間に、ローマ教皇フランシスコは看取られることなく死去する。」と当職が約1年前に越励学院として予告したとおりとなった。
実に、ローマ教皇フランシスコは、本年3月11日に重篤の状態となり、看取られることなく死去した。
すでに述べたように、人は皆、肉体、魂そして霊を受けて生まれる。そして、医者がある程度いじることができるものは、あくまで肉体である。
よって、魂が呼ばれ、霊が取り上げられた人は、肉体がまだ動こうと、死去したことになる。
これは、この世の構造である。
したがって、私が昨年の5月に古き仇バイデンについて発表したように、私は今回もまた、発表する。
ローマ教皇フランシスコは、予告どおり、黎明時代2年目に、この世を去った。
残っているものは、動くしかばねに過ぎない。
誠に、唯一の神の判決は、公正である。
最後に、近況について述べます。
私に関する勾留延長の期限は、今月26日(水)であります。
私はこの2週間半の複数の取り調べにおいて、私個人の信条については、わずか一文しか述べていません。
その代わり、問いを受けました際、客観的な事実として、私の両親が2023年3月9日に実際に復活しましたこと、及びその理由、並びに、両親が現在トルコのアンタキアにて幸せに生活していますことは確たる情報を基に簡潔かつ分かりやすく述べ、証しました。
ちょうど、2023年6月21日に内閣府前にて、及び、同年6月23日に官邸前にて、マイクを使い語りましたように。
ところが、担当刑事は復活の力を軽蔑し、私を侮辱しました。
後日、私は、2023年6月9日頃に、3例目としてエクアドルにおいても一人の女性が復活したこと、及び、そのニュースと映像がテレビでも放送されたことをも述べました。それを受け、昼の間にそのニュースを確認した同刑事は、態度を少し改めました。
しかし、私が復活の力、及び、その力を唯一に司られるお方がイエス・キリストでおられること、並びに、両親の人生に起きたその大きな奇跡について語ることを理由に、私のことを「気違い」と言っている人がまだ多くいます。
とりわけ、千葉県民は、私の両親の復活とともに真新しい時代である黎明時代が到来したこと、及び、世界全体が今、満2年間この新しい時代の中で進んだというこの展開に全くついて来ていないようであります。
これは正に、千葉県民が長年にわたり、私の父の尽力と若い世代をはじめとする国民の幸のための投資をあざけり、父を攻撃し、苦しめつづけたゆえの罰であります。そして、私はこのことを「司宮主文巻の四」において、昨年の9月にすでに述べました。
父につづけて私も、これまで極端な攻めや著しい違法を経験してきました。
ここ数日の例をも挙げます。
全て録画録音されている取調室での取り調べを終えた時(初日)に、担当刑事(男)は突然、誰かのカメラを手に、「本人から取り調べたことが分かるように」と言い、私の写真を撮ろうとし、私がそれを固く断ると「警察は被疑者の写真を勝手に撮っていいことになっている。」と言い張ってきました。私は憤りをもって大きな声でその偽りと不正に立ち向かいました。それを受け、同人はかろうじて断念しました。しかし、私が昔、父にもらったヨハネの福音書(日本語)は、同人らによって無言で押収され、押収品目の書類に記載すらされていません。
実に、2年前のことが戻ってきます。
また、私はこの間、3度、単独の被疑者として検察庁に送られましたが、その毎回、行きと戻りの時間に合わせて、用もない十人程の見物人(男警察官)がわざわざ集まり、笑いながら、しゃべりながら、紺色のチョッキを着せられ手錠と腰縄をされた姿のその被疑者を見、何かの自己満足を探していました。
実に見苦しいものであります。
しかし、今、さらにひどいことに、私を精神病院に強制入院させようとする動きが生じています。
金曜日(21日)は、刑事調べと言われ行きましたら、保健所の職員が2人来ていました。それだけでなく、1人は、検事が精神保健福祉法に基づいて通報した、と表現していました。
弁護士の付いていない私は自ら主張する他ありませんが、私は、礼儀正しく、静かな被収容者であり、当然、暴れたこともありません。
また、私は、身体にも精神にも異状はなく、とても健康であります。
このため、私は絶対に入院したくありません。
しかし、私は、身柄を拘束されていますゆえ、抵抗することができません。
ここで、強調させてもらいます。
復活の事実を聞く人が感動はおろか、考える様子にすらならないことは、頭の容量が著しく不足しているためであるか、心の反発のためであるか、このいずれかのゆえであり、いずれの場合にも、その人(又は人々)の問題と選択であります。
それであるのに、今、特定の者たちは私を強制入院させ、私に「気違い」の焼印を押そうとしています。
そして、そのような手口で、わが国日本の独立運動をつぶそうとしています。
これもまた、非常に極端な展開であり、そのような結果は極めて重い不正と罪になります。
しかし、これまでの多くの困難において、御神は私をも、一度も見捨てませんでした。
そして、この先も、私を決して見捨てません。
私は、この強い信頼の中で、日々、安定を保つことができ、心より感謝しています。
誠に、この一件は捜査機関にとり、未曽有の一件であります。
そして、数日前には精神科医と1時間以上にわたり良い話ができ、秘密結社の話題にも進みました。話の終わりに、医師は「あなたともっと話がしたいです。」と言っていました。
また、別の関係者は私に、「ここから出ることができても捜査はつづきます。釈放されても捜査はつづきます。」と言っていました。
捜査機関が捜査をつづけることは、良い事だと思います。
空白も、空腹も、満たされるように。
ただ、私を精神病院に入院させることは、間違っている。
私は、法に抵触していない。
そして、精神病患者でも、ない。
私は、独立運動家の いもん はんじ であり、今後も、ありつづける。
そして、私は引きつづき、捜査に協力する。
たとえ、20人対私の設定で質問攻めにあうとしても、私は誠意をもって答える。
ただ、特定の協力者1名のお名前は、明かさない。
私は、仲間を裏切らない。
判事とは、真実を自らの命よりも尊ぶものであり、わが国日本には、まだ一人しかいない。
そこで本日、関係者から「警視庁に部屋がある。」との連絡を受けました。
警視庁が一部屋を用意するのでしたら、私はそこに移りたいと思います。
そして、軟禁状態になりましても、私は捜査機関が準備します複数の分野の人々と面談することもでき、その問いにも答えます。
さらに、その中で私は、自らの信条については語らないという条件を自らに付すこともできます。
誠に、わが国日本の夜明けの今、国家再建の時、私はただ、国民と国家の幸のために全力を尽くしたい。
皆さんの応援をありがとうございます。
今後とも、可能な限り、近況をご連絡します。
2025年3月23日
いもん はんじ 阿南 百合子