
YAHYOI
講説
いもん はんじ 阿南 百合子
くまな ゆりこ
場所 皇居 和田倉門跡
日時 日曜日午前10時より約1時間半
開始年月日 2025年2月16日
「帰郷門が開いた。」
- 生還後の初めての言葉 -
2025年5月14日午前/皇居桔梗門前にて実施
公開日 2025年5月18日
私は、生きている。
いもん はんじは、生還した。
カルト組織は、私を殺すことは、できなかった。
正義の王の御手にある私は、このとおり、生きている。
本日は、歴史的な日である。
今日は、私の父、すなわち、独立運動である黎明運動を開始し、その先頭に立っている私の父阿南巌、父とともに上京した日から満3年半である。
この3年半の間、我々は、正義に仕える者として、いと高きお方のご命令に従い、この Sihon の国を、征服した。
この「資本の国」を、我々は征服した。
そして、ダイアモンドの額(ひたい)を与えられた私に、争うことができる者は、もはや、一人もいない。
私は、任命された者として、引き続き、陣頭指揮を執る。
ただし、任命された私の陣頭指揮をありがたく思わなかった者たちが、私を最も具体的に排斥しようとしたゆえ、つまり、本年3月26日に、オランザピンという毒薬の注射投入をもって、私を殺害する計画を実行したゆえ、私はこれより、この傀儡政府である今の政府、並びに、この国会がやることに関して、何も言わない。私は、黙って見ることにする。
つまり、この傀儡政府と国会がする悪行に関して、黙って見ることにする。
これにより、わが国日本の国内情勢は、悪化する。
私は、ただ見ることにする。
そして、陣頭指揮を執ることに任命されている私に対し、この国の責任者らが頭を下げて、私の陣頭指揮をお願いするまで、黙って見ることにする。
そしてこの間、私が政治から遠ざかると思ったら大間違いである。
私は、任命された者として、わが国日本が王国に変わるまで、及び、王国となったその日より、責任をもって、先頭に立つ。
ここからは、国際問題に目を向ける。
そして、国内のいわゆる責任者らが結束し、私の陣頭指揮をありがたく思うまで、私は、今発表したとおりの進みで、3年半が経過した本日より、この歩みを刻む。
以上、いもん はんじ の百合子であった。
(後日当サイトにも掲載予定の5月15日付文書はこちら)
(4月27日付文書)
いもん はんじ からの知らせ
せのお
旧題「いもん はんじ 百合子氏からの手紙」
いもん はんじ百合子氏が国民の皆さん、並びに、世界に対して言葉を向けられるYAHYOI講説。この講説は、この先数ヶ月続けられると伺っている。
現時点において、はんじの身動きが不正に制限され講説の実施が見送られているという事態があるが、妹(カメラ担当)が事件発生から1週間の本月12日付の文章をもって明示したように、この違法不正は、第3回YAHYOI講説において発表された決定、すなわち、わが国日本の再建の第一段階である「大洗」を、遅らせるどころか、早めるものである。
講説再開の知らせは、時となり次第ここに記す。
なお、上記文章に関連して加える。近年乱用が目立つカリスマという言葉は「神の賜物」という意味であり、解釈云々に関わらず、やたらと用いるべきではない。
